現在の三間樋と新川用水路(上流より)

 埼玉合口二期事業により水資源開発公団(現独立行政法人 水資源機構)が改築(鋼製起伏ゲート)
三間樋 明治35年煉瓦造構造図
 現在の騎西領用水分水工    埼玉合口二期事業により水資源開発公団(現独立行政法人 水資源機構)が改築
 昭和30年代県営工事後 
 下流より望む

 見沼代用水幹線と騎西領頭首工
 昭和初期の新川用水路(騎西領用水)分水口 上流より望む
 
 中央中ノ島を挟み左側が騎西領用水取水口(上崎洗堰)、右側が忍、騎西領用悪水堰
 騎西領用水路は、その幹線水路である新川用水路の名をとって称されることが多い。
 元禄3年(1690)騎西領主松平伊豆守信輝は、加須市上崎地内にあった新川溜井を廃止し久喜市下早見まで新川用水を引いて、星川(見沼代用水路)からの分水口にあった竹洗堰を改造し、分水口から約540mの所に三間樋を新設しこれを騎西領用水の取水口としました。